ラミティエ

いわずと知れた、フレンチの名店。

安くて美味しい、ビストロの鏡のような店。

かの山本益博氏は、かつて、この店のシェフに「値上げアドヴァイス」をしたそうだ。この内容であれば、あんまり頑張りすぎずに、もう少し値を上げてもよかろう、というわけである。しかし、シェフはそれに耳を貸さなかった。なんて話を、辛口レストラン批評家の友里征耶氏がブログに書いていたりする。

というわけで、あらゆるメディアで、すでに十分語られている感じもする。

要するに、コストパフォーマンスは、ほぼ日本イチ。

それは、この店に来る人たちみんなが、はじめから期待していることだ。

だから、それとは違うことに注目してみたい。

何に注目するか?

それは、出されるお皿のルックス。

この店の料理は、見た目が、とてもよい。

盛り付けが素敵だ。

食べる前から、ワクワクする。

美麗なプレゼンテーション、というわけではないし、モダンでヌーベルな美、とかではもちろん、ない。でもフレンチらしくて、この店らしい、そして他にない一貫した盛り付けセンスを感じる。

ちょっと思ったのは、お皿が小さい、ということ。

料理のサイズに対して、あるべきお皿のサイズというものがあると思うが、そのあるべきサイズより一段小さい器を使っている、という感じ。

鶏レバーのムースとか、それだけでも十分ボリューミーな前菜類の、さらに脇や上に、もう崩れそうになるくらい嵩だかにモッサモサと盛られたられた葉もの付け合せ。

出された瞬間、あ、と思わず見つめてしまうほど、どっしり分厚く切られた(普通の倍くらい?)肉のパテ。

こんもり盛られた豆の煮込みの、さらに上に、ジリジリ油の煮える感じを放ちながらどしりと鎮座した鴨のコンフィ。

ステーキにナイフを入れているとき、肉に押されてお皿からコロコロあふれ出しそうになる、山盛りポムフリット。

皿じゅう、もう肉だらけのシュークルートやブフ・ブルギニオン。

これらどっしりとした料理が小さめのお皿に、あふれんばかりに配置されている。

大きなものを小さなものに乗せたら、大きなものはより大きく見える。

目の錯覚、といったら興ざめかもしれない。

けれど、ただ単にボリューミーなだけでなく、そのボリューム感が視覚的に美しく演出されている感じが非常にするわけです。盛り付けが演出されているって、そうか、それはとってもフランス料理的だ。

店主は、高田馬場でフランス料理を作ること、その意味を、きっとじっくり考えたに違いない。

なんて妄想しつつ、お皿が小さいのは、テーブルが狭いからという単純な理由だったりして、とも思う。テーブルが狭いのは、小さいお店だから仕方ない。たしかに、せまいお店だけど、料理はたくさんで、美味しい。

小さないれものに、大きな美味しさ。

そんな想いを巡らせながらディナーの席に向かうのも、また一興。

なかなか予約が入らないようだが、当日の夜に電話すると、キャンセルがあったり、1回転したあと空いている席があったりで、入れてくれることがある。

早稲田通り。高田馬場駅から、明治通りの交差点に至る中間あたり、ちょっと路地を入ったところ。
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by aroyaroy | 2009-07-25 00:57 | 高田馬場


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