餃子荘 ムロ (3) ~中国料理の普遍的な美味しさのエッセンス~

餃子荘 ムロ (2)の続き。

この店の料理の、サムシング。

前から、その何かを説明したくてたまらなかった。

みなさん、小理屈が行ったり来たりする、このシリーズに、もう少し、お付き合いください。

そう、そのサムシング。

たとえば。

紹興酒のアテに、ちびりちびり舐めると最高な腐乳。

中国ソーセージの香腸。しかも、かなり美味しいヤツ。

これら、ちょっとしたものだけど、いかにも中国的なつまみ。

こういうものから食事がスタートすると、舌が、きっちり中国になる。

秋には、上海蟹の煮込みそばが出る。食べれば、大陸の季節感が押し寄せてくる。

春巻を注文すると、スイートチリソースがついてくる。

餃子用には、醤油と酢とカラシを混ぜたようなタレが出てくるが、春巻には、あえてスイートチリソースなのだ。

大久保あたりのタイ食材店などに行けば買える、普通のビン入りのヤツだが、まさに、こういうところがムロっぽい。

ムロの人たちは、中国料理や、東南アジアの料理の美味しさを、かなり体得しているんじゃないだろうか。

きっと、いろんなところを食べ歩いているに違いない。

現地の、本物の料理の美味しさを知っている。

なのに。

トムヤムクン炒飯なんていう、ある意味、タイ料理としては邪道な料理をメニューに入れている。

これもまた、ムロ的なのだ。

チャプスイという料理が、そのムロ的なるものの、シンボルのように思えてならない。

オリジナルの中国料理がアレンジされ、異国の地で変質した料理、チャプスイ。

古い料理名であるから、歴史が、その料理のありようというものを保証してくれる。

思えば、われわれが常日ごろ愛する、餃子、ラーメン、カレーライス、とんかつは、すべて外国料理が日本の地で変質し、大衆料理となった例だ。

ムロは、こういう大衆料理をこそ提供しよう、という意思を持っている。

そう感じる。

とはいえ、意思を持っている、という一点が、あたりまえに大衆的な他の中華料理店と決定的に違う。

その意思は、オリジナルの外国料理のことを、よく知っている、ということとも関係があるはずだ。

ムロの料理は、オリジナルに忠実な中国料理ではない、高田馬場の地で変質した大衆料理だ。

なのに。

中国料理の、普遍的な美味さのエッセンスにあふれている。

実は、これ、ものすごく得難いことなんじゃないか。

(この項、続く)
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by aroyaroy | 2009-09-15 03:35 | 高田馬場


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